知床観光船

林善也さん(佐賀県有田町)「不動産会社会長」知床観光船被害者

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北海道・知床沖、観光船「KAZUⅠ(カズワン)」浸水事故の被害者の一人は、佐賀県西松浦郡有田町の林善也(はやしよしや)さん(78)です。

林善也さんは24日午前8時前、知床岬の西、約1キロの海上で発見されました。

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林善也さん(佐賀県西松浦郡有田町)「不動産会社会長」


林善也さんのフェイスブックには、2012年にホノルルマラソンに参加した際の写真が投稿されていました。林さんは世界各地を旅行していたといいます。

「好奇心旺盛で、よく海外旅行の話を聞かせてくれた。外国人のホームステイも受け入れ、活発な人だった」(国際交流団体で一緒に活動した70代男性)

facebookの基本データを見ると、クリチバ在住とあります。林善也さんは以前ブラジルに住んでいたことがありました。

クリチバはブラジル南部にあるパラナ州の州都です。展望台のあるパノラマタワーなどが有名です。クリチバには文化施設も多く、透明の屋根で付き鋼管構造が特徴のワイア オペラハウス、多彩なプログラムを提供する巨大なグアイラ劇場など、いくつもの劇場があります。

また、ブラジルのフォス・ド・イグアス出身であることも分かりました。

フォス ド イグアスはブラジルのパラナ州の町で、世界でも有数の規模を誇るイグアスの滝を訪問する際の拠点です。全長 2.7 km でアルゼンチンとの国境にまたがる有名なイグアスの滝には、最大落差 80 m のガルガンタ デル ディアブロ(「悪魔の喉笛」)を含む複数の滝があります。ボートツアーでスリル満点の滝壺を体験することもできます。

1967年には留学先の長崎大学経済学部を卒業されています。

不動産会社会長の林さんは海外旅行が趣味で、国際交流活動にも積極的に取り組んでいた。

西日本新聞

西日本新聞の記事には林善也さんは不動産会社会長と記載されていました。どこの不動産会社なのか調べてみましたが、有力な情報が得られず特定することは出来ませんでした。

林善也さんは同じ日に同じ場所で発見された岩永健介さん(74)とゴルフ仲間で、もう1人の男性と3人で、20日から北海道旅行に出かけていました。

「『レンタカーを借りてあちこち回る。あまり人の行かないところに行く』と語っていた。『楽しんでこんばよ』と送り出した。」

「テレビで見た遊覧船は小さく、しけに耐えられると思えなかった。(遊覧船の)社長の会見を見てあまりにずさんだと思い、腹が立った」

「何も知らずに船に乗った彼らの無念を思うとやりきれない。運が悪かったでは済まされない」(自宅近くのゴルフ場の月例会に参加した男性)

「本当に何も言えないです…残念っていうか…」「自分の身近な人がそんなんなられたらですよ、本当にもう…やっぱ人間何が起こるかですね」(林さんを知る人)



林善也さん(佐賀県西松浦郡有田町)「ハーフ美女にラブレター」

Hajimete e-mail simasu.Nippon wa ima ameno kisetudesu.2nen mae no natal dewa taihen osewani narimasita.anata ga nippon ni kuru to itteimasita kara tanosimi ni omati site imasitaga America ni ryokou simasitane.Paulo Yoshii san kara kikimasita.kazoku no minasan ha genkidesuka yorosiku otutaekudasai.sayounara.

初めてe-mailします。日本は今雨の季節です。2年前のナタールでは大変お世話になりました。あなたが日本に来ると言ってましたから楽しみにお待ちしていましたがアメリカに旅行しましたね。Paulo Yoshiiさんから聞きました。家族の皆さんは元気ですか よろしくお伝えください。さようなら。

およそ11年前に林善也さんはフェイスブック上で、日本とのハーフと思われる若い美人女性にラブレターを書いていました。

その内容を見ると、「以前にブラジルのナタールでお世話になったという女性が日本に来るということを話していたので、日本で楽しみに待っていたけど会えなかった」とあります。

「家族の皆さんによろしくお伝えください」林善也さんはナタールでよほど彼女によくしてもらったのでしょう。会えなくて残念だったという気持ちがとても伝わってきます。また林さんの丁寧で律儀な性格もとても伝わります。

彼女の耳にもしも林善也さんの訃報が届いているとしたなら、彼女もひどく悲しんでいることに違いないでしょうね…


林善也さん(佐賀県西松浦郡有田町)「通夜営まれる」

28日、佐賀県有田町の葬儀場では林善也さんの通夜が営まれ、親族や友人など多くの人が訪れました。

「ゴルフをされていたから一緒に何回か回ったりしてね。何て言ったらいいか…言葉がありません。」(弔問に訪れた人)

「義理人情のあるような人でね。良い人だった。とにかく良い人だった。」(弔問に訪れた人)

好奇心旺盛で旅が好きだった林善也さんは、会合でよく友人たちに旅先でのエピソードを披露していました。

「気さくでおおらか。誰とでも付き合える人」「無事に帰ってきてくれることを願ったが…」(30年来の友人という男性(72))

佐賀県有田町では以前車いすマラソン大会が開催されていましたが、林善也さんはこの大会に出場する韓国選手のホームステイ先として自宅の部屋を提供していました。大会後も個人的に韓国を訪れるなどして、選手らとの交流を続けていたといいます。

人と人との繋がりを大切にし、多くの人から信頼されていた林善也さん。活発で旅好きな林さんは、まだまだいろいろな場所を旅行したかったことでしょう…。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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